たまにはこちらにもブログ的内容を書かねばと思っているが、なかなか時間が無くて、書き込みもままならない。

それにしても、世界を理解するときにこのフラクタル的考えというのはとても有効だと思う。

自分自身の行動を分析することで、自分のエネルギーの方向性が分かるのだが、これまで何をしたかでこれから何をすべきかも見えてくる。一見するとそれまでの行動は無秩序のように見えても、少し俯瞰して眺めれば、一定のベクトルが見えてくる。

この場合のベクトルはやはりフラクタル構造を持っている事が多い。

そういったコンセプトを理解できれば自然と日々の生活までもコントロールすることが可能になる。

それは、難しいことではない。ただ意識するだけで可能となるのだ。

結局の所私たちの存在に意味性を求めてしまっては理論の袋小路に迷い込むしかないのだと思う。そこにあるのは減少としての「型」であって、それらは一時的に存在し、実態はない。

もちろん、生命の根幹は物質ではなくタマシイであると考えることもできるが、それ自体実証は難しく、その存在を理解するより、わからないものをわからないものとして容認した方がいいのだろう。

我々は、そうして、大海の波の様に一時的存在している。

その本質に迫ることもなく、その形状にに注視してみよう。

そこには、繰り返すパターンとしてのリズムがあり、相互に影響し合い、カラフルな幻想を作りだしているのだ。

スマート検索